2024年4月に読了。
なんとなく癒されたくて、心が洗われるような本はないかなぁと図書館で探していた時に目に入った本。
あらすじ
32歳で精薄者(白痴)の主人公、チャーリィ・ゴードンは、ある日、大学の偉い先生から、『頭がよくなる手術を受けないか』と誘いを受け、チャーリィは喜んでそれを受け入れる。手術は成功し、チャーリィは次第に、『大学の偉い先生』を遥かに凌ぐ天才になっていく。しかし、チャーリィより以前に同じ手術を受けたネズミ『アルジャーノン』は、驚くべき知能を見せたのち、急速なスピードでそれを失っていた。その過程を見守りながら、チャーリィは自分も同じ運命を辿るのだということを悟る。
あなたは笑顔を持っていた
チャーリィが精薄者の時通っていた学校の先生で、当時からチャーリィの理解者であったアリスは、天才になったチャーリィの恋人となる。そんなアリスが、チャーリィに放った言葉。
急速に失われていく知能に苦しむチャーリィは、昼も夜もテレビに没頭し、アリスにかみつき、どなるようになる。そんなチャーリィに、アリスは言う。
「手術を受ける前のあなたはこんなふうじゃなかった。
(中略)
あなたは、あたしたちに尊敬する心をおこさせるようななにかがあった。
そう、たとえああであってもよ。ほかの精薄者には見られなかった何かがあった。」
「僕は実験に後悔していない」
「あたしもよ、でもあなたは、以前持っていた笑顔を失ってしまった。あなたは笑顔を持っていた…」
「うつろな、おろかな笑顔をね」
「いいえ、あったかい、心からの笑顔よ、あなたはみんなに好かれたいと思っていたから」
『アルジャーノンに花束を』より抜粋
わたしは、知能を失っていくことに苦しむチャーリィの描写がされるたびに、最近の鬱っぽい自分を重ねていた。
私も、昔夢中になって読んでいた本に集中できず、すべてが壁の向こうで起きているかのようにぼんやりとしか思考できないとき、些細なことで涙が止まらなくなってしまう時、深い恐怖に襲われることがある。
『昔のように、もう笑えないのではないか、考えることが出来なくなるのではないか、無気力になり、いつかは何もできなくなるのではないか…』と。
凡人の私でさえそう思うのに、一度天才の境地に達し、昔の自分がどういう存在だったかを明確に理解したチャーリィが、それを徐々に失っていくというのは、どれくらい怖いことだっただろう。
それでもアリスは、『昔のあなたにしかないものがあった』という。この言葉に、この作品の根底となる価値観が表れていると思う。
わらうこと。ともだちのために。やさしくあること。人は生まれながら、どんな人間にも、誰にも侵されることのない、尊厳というものがあるのだということ。
アルジャーノンに花束を
最後、手術前の知能に戻ったチャーリィは、天才だったころはあれほど嫌っていたニーマー先生にメッセージを残す。
ついしん。
どおかニーマーきょーじゅにつたいてくださいひとがわらたり友だちがなくてもきげんをわりくしたりしないでください。ひとにわらわせておけば友だちをつくるのわかんたんです。ぼくわこれから行くところで友だちをいっぱいつくるつもりです。
ついしん。どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやてください。
『アルジャーノンに花束を』より抜粋
チャーリィは、事前に自分の実験が失敗したら、科学者達が自分をどう処理するつもりかを聞いて、知っていた。精薄者が集う、ワレン養護学校に行くことになっていたのだ。
チャーリィはその話を知った時、誰かに連れていかれるのではなく、最後自分の意志でワレンに行くことを望んだ。精薄者に戻っても尚、チャーリィは他人によってではなく、自分の意志でワレンに行くことを選んだ。そんなチャーリィが、辛うじて書ける字で、みんなへのさよならを込めて、手紙を残す。
このチャーリィの文章を読んで、私はマザーテレサの言葉を思い出した。
『キリストは、飢えている人、病める人、裸の人、家のない人の中にいる』
所感
チャーリィが天才になっていく過程の描写では、ガンジーの有名な言葉を思い出した。
『明日死ぬかのように生きろ、永遠に生きるかのように学べ』
チャーリィが貪欲に知識を吸収し、高みに昇っていくのを見て、私も学びたい、と思った。少しでも、見えないものが見える人になりたいと思った。世間や会社からは『役に立たない』と切り捨てられるものでも、自分の心が求めるなら、水を与えたいと思った。
途中、チャーリィが科学者達の学会から、アルジャーノンと一緒に抜け出すシーンがある。そのシーンでは、後の運命を暗示させるような描写もあるにもかかわらず、ワクワクした。あのシーンから、チャーリィの本当の人生が始まるような気さえした。そうだ、選ぶんだ、チャーリィ。あなた自身の人生を、あなたの手で。
後半、チャーリィが自身の天才性を失っていくときの苦しみは、私がいま感じている苦しみを思い起こさせた。だが、最後チャーリィは、聖なるなにものかになる。以前のチャーリィが持っていたものを取り戻す。
人は、生まれながらにして、誰しもが尊厳を持っているのだということ。また、弱いからこそ、優しさが持つ神聖な力を、身に宿すことが出来るのだということ。
それを忘れなければ、私自身の恐怖にも、打ち克てる気がした。
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